分類:ビジネス日本語



Q.大阪地区での「ビジネス日本語」
  及び「日本ビジネス」の取り組みの概要を教えてください。

 「ビジネス日本語」と「日本ビジネス」を統合したプログラムで授業を行っています。カリキュラムは3つの要素から構成されています。1つは「ビジネスコミュニケーション」です。ビジネス・職場の日本語はもちろんのこと、ビジネスマナー、ビジネススキル、ビジネスリテラシーなどを扱います。2つ目は「異文化・多文化コミュニケーション」で、企業文化や自文化理解・比較、異文化調整、文化を超えるコミュニケーションなどがその内容です。3つ目は「学習者オートノミー」です。学習者オートノミーというのは、自分で自分の学習をコントロールする能力のことで、例えば、目標設定や学習の管理、学習方法の決定や評価などを自分で行うことの出来る力です。この能力育成のために、自己主導型の学習やメタ認知の能力を伸ばすための学習が設計されています。これら3つの要素をビジネス日本語を通した日本ビジネス教育、日本ビジネス教育を通したビジネス日本語教育、そしてこれらを通した異文化対応力の育成という教育方針のもと、「グループ学習」、「タスク・ベースド・ラーニング」、「e-learning」の3つの学習方法で教育を行っています。1年間の授業時間数は120時間です。



Q.授業はどういうスタイルで行っているのですか?

 授業は1クラス体制で行っていますが、学生が45名なので、5つのグループに分けて授業を進めています。グループの分けのポイントは、日本語能力と理系か文系かという専門分野です。日本語の能力別、専門分野別にグループ分けをした上で、院生か学部生か、所属大学はどこかということや男女の比率も考慮します。ねらいとしては、グループがバランスのある多様性を持つようにしたいからです。授業では、クラス全体をファシリテートする教師のほか、グループ毎に教師が1名はつくようにしています。日本語能力が一様ではないので、学習項目は同じでも達成目標や扱う量を変えるなどグループの状況ごとに対応できる授業体制をとっています。また、教師は、ファシリテーターとして先頭を切るというより、個々の学習者やグループ全体がポテンシャルを発揮できるように心がけ、学習者が主体的に学習を進めていける授業を目指しています。





Q.具体的な授業の事例を教えて下さい。

 例えば、情報リテラシーを高め、同時にビジネスで使える日本語力を付けるための授業では、新聞やビジネス雑誌を教材にして授業を行っています。実際に行われた調査の報告書を40ページほど抜粋して読んでもらうこともあります。 読む力に焦点をあてた授業では、読むということを3つのレベルから捉えています。ひとつは一般的な日本語学習としての読み。もうひとつはアカデミックな関心からの読み。そしてビジネスに必要な情報を収集するための読みです。3つのカテゴリーは重なる部分も多いのですが、別種のものとして扱う方が効果的な学習ができます。


 また、実際のビジネス場面では読む力が、書いたり、話したりするアウトカムに結びつかなければ用をなさないわけですから、新聞の見出しを文章化したり、逆に記事を見出し化する練習も行います。その作業は留学生にとって想像以上に難しいものです。「端的に箇条書きにせよ」といった日本人には当たり前にこなせる作業も、例えば、事業の拡大のように文末を体言止めにするとか、増えるを増加というように動詞を名詞に言い換えるとか、あるいは、初級の文法ですが5年前に父が買ってくれた大切な時計のように連帯修飾ということが身についていないと容易ではありません。ですから、そういった作業と並行して基礎日本語のブラッシュアップを図ることも重要になります。


 また、春休みなど、長期間授業がない時期の自己学習のためにe-learningのシステムを開発しました。コンテンツとしては、自然な日本語のリズムや発音を身につけるためのシャドーイング素材や情報リテラシーを高めるための新聞記事の要約練習、自然に敬語が使えるようになるための練習等を盛り込み、自分で学習計画を立て実行する仕組みを作りました。





Q.カリキュラムの「学習者オートノミー」とは具体的にどのようなものでしょうか?

 例えば、メタ認知を促すため、授業後に留学生に振り返りシートを書いてもらいます。学生は授業を振り返り、「今日は何を学んだか?」「どんなことに気づいたか?」「今後、何をどう学んでいきたいか」を書きます。そして、今後、何を学ぶ必要があるかを考えることで自己主導型の学習へと結び付けています。振り返りシートは教師も読み、個々の学習に応じた学習アドバイスも行います。また、学生の声として教材にフィードバックすることもあります。現在、中国人の学習者が8割弱いるのですが、彼らは自分の学習を自分でメタ認知して、主体的に学習を進めるというタイプの教育を受けてきていません。また、韓国人の学生も自分の学習を自分でコントロールするという発想ではなく、先生が教えてくれるものを私たちは勉強するというスタンスですから、少しずつ学習についての決定権は自分にあるということに慣れていく必要があります。教育や文化についての自分の信念をメタ的に理解することもオートノミー育成のためには重要な点です。



Q.ビジネス日本語の授業をうけた留学生の変化はみられましたか?

 流暢な日本語を話す学生でも、筆記レベルでの問題を抱えているケースが多いのですが、スタート時から比べると日本語能力はかなりアップしました。また、場に適切な口頭表現の力もついてきたと思います。

 しかし、先ほども申し上げた通り、日本語力を上げることだけが授業の狙いではありません。それと同時に日本で働くということについての理解を深めてもらうことも重視しているのです。日本の企業文化や日本語を使って働くということ、あるいは、就職事情の現実を知ると、学生はビジネス日本語の習得により一層真剣に取り組むようになります。「ビジネス日本語」と「日本ビジネス」を統合して行うことのメリットだと思いますが、日本語を含め、具体的に何を学ぶ必要があるかについて意識化できるようになってきたと思います。



Q.就職支援を行うキャリアカウンセラーとの連携は、どのように行っているのでしょうか?

 ビジネス日本語、日本ビジネスの授業には、キャリアカウンセラーもオブザーバーとして参加します。キャリアカウンセラーが実施する就職支援の講義には、ビジネス日本語・日本ビジネスの教師が出席し、お互いがどのような授業を行っているかを把握しています。そこで意見交換をしながら授業のカリキュラム調整も行います。また、授業の流れでカウンセラーから学生にコメントをしてもらうこともありますし、円滑なカウンセリングにも結びついていると思います。


 しかし、それだけでは情報共有が不十分だと考え、「チーム大阪」という組織を作り、共有化を行っています。その場には、日本語教師、カウンセラー、管理法人、インターンシップコーディネーター、近畿経済産業局といったプロジェクト関係者全員が集まり、授業や就職支援の内容などについて情報共有を行うようにしてきました。一方で留学生のための授業ですので、カリキュラムについては、実際にどういう支援が必要か留学生にもその都度聞きながらやっています。結果、アンケートではビジネス日本語・日本ビジネスの授業について90%以上の学生が満足という声をいただきました。



Q.最終的な達成目標はどのあたりをイメージされていますか。

 第一は新入社員として日本人と同レベルで研修が受けることができるスタートラインを作ること。そして第二は、グローバルビジネスができるコミュニケーション能力を身につけること。この2つを備えた人材の育成が目標です。



Q.指導の上でどのような点を配慮されているのでしょうか。

 留学生の長所を生かしながら、いかに文化を越えられるようにするかが重要だと考えています。日本企業の特質を学んだからと言って、日本人化する必要はありません。それを強いれば留学生の良さやアイデンティティが失われてしまいます。 例えば、留学生は自己主張が強いと言われますが、彼らにとって自己主張そのものがゴールではないはずです。自分自身の文化も含め、広く文化の理解を基礎として、日本の職場やビジネス場面では、いつ、だれに、どう言えば、目指すところにたどり着くかという発想と方法の選択肢を学んでほしいと思います。そういう意味で賢いコミュニケーターとして、文化を越えてグローバルに活躍できるビジネスパーソンを育成しようという心構えで指導しています。



Q.「ビジネス日本語」の必要性はどういったところにあるとお考えですか。

 日本で働く外国人にとっては必須であることは言うまでもありませんが、日本での就職が残念ながら叶えられなかった学生にとっても、また、日本での就職を視野に入れていない学生にとっても学ぶ意義が大きいのではないでしょうか。学生はいずれはどこかに就職します。そのとき、その学生が国外の企業に就職したとしても、就職先の企業の取引先が日本であれば、仕事に活かすこともできるでしょうし、就職活動にも有利でしょう。また、将来、取引先に日本企業を選ぶかもしれません。日本のビジネス文化を含め、ビジネス日本語を身につけた人材が増えることは、日本社会にとってもメリットになると言えるでしょう。



Q.「ビジネス日本語」をキャリア教育の一環として捉えたほうがよいということですか。

 どちらかと言えばキャリア開発の領域に属すると思います。「ビジネス日本語」をある種の専門日本語の一分野として位置づけようとする動きもありますが、別の柱として捉えた方がいいのではないでしょうか。 その視点で言うなら、「ビジネス日本語」は日本人の学生にとっても学ぶ価値があると思います。大学は研究機構であると共に教育機構でもありますから、実学として社会に出るための教育も行わなければなりません。社会にコミットするための基礎力としてビジネス日本語は有効なものであると考えています。



Q.指導者の育成面で言うと、キャリア教育の指導者に日本語教師の資格を取ってもらうのと、日本語教師にキャリア教育のノウハウを身につけてもらうのでは、どちらがよいとお考えでしょう。

 両方あって良いのではないでしょうか。日本語教師の中にも企業経験のある人もいますし、そうでなくてもビジネスマインドをお持ちの先生もいらっしゃいます。とはいえ、基礎日本語やアカデミックな専門日本語を教えていた教師が、いきなり同じ方法論でビジネス日本語を指導できるわけではないので、日本語教師の再研修も必要でしょう。 また、キャリア教育の担当者と日本語教師がチームを組んで指導するのもひとつの方法です。


 その場合、ビジネス日本語と日本ビジネスの両方に目を配りながら教育の設計やカリキュラムを組めるコーディネーターが必要になりますが、現在はまだ人材不足であることが否めません。このコーディネーターの資質としては、自ら動くことができる人材であることはもちろんのこと、人の話をよく聴き、人を動かし、人をつなぎ、人が活きる環境を作る力が重要だと思います。キャリア教育担当者と日本語教師は、ある意味、異文化の人同士です。ですから文化に橋をかけ、調整する力も必要です。日本語教育の発注先との折衝をしながら日本語教育のプログラム開発をしたり、コーディネートをしている日本語教師や企業で働いていた経験をお持ちの方で、ネイティブコーチ的な資質のある方が適しているのではないでしょうか。その上で言語の教育と学習についての知識と経験があり、諸外国のビジネス文化に明るく、ブリッジ人材に求められるスキルとはどういうものかを理解している方が理想です。



Q.アジア人財資金構想の活動を通じて
  企業や大学の考え方やモチベーションは変わりましたか。

 近頃では、大企業はもとより中堅中小企業が留学生の採用に関心を示していると感じています。企業からの要望としては、バイタリティのある留学生が欲しいというものもあれば、日本語は最低限できるようにして欲しいというものもあります。また、優秀な母集団としてアジア人財資金構想を採用ルートの一つとして検討している企業なども出始めています。


 大学間には依然温度差がありますが、アジア人財資金構想のカリキュラムに対する関心は高いと言えると思います。留学生向けの正規授業としてビジネス日本語を設置したいと相談にいらっしゃった大学もありました。カウンセリングや就職支援に力を入れている大学も増加していると感じています。優秀な留学生に来てもらうためには出口戦略が重要だという認識が、各大学に浸透し始めているのかもしれません。しかし現状では、大学の留学生に対するカウンセリング機能はまだ十分とは言い難い部分があります。だからこそ、アジア人財資金構想がお力になれる部分は大きいと感じています。

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