アハマド ズフリさん

出身地:インドネシア
所属:東北大学大学院 情報科学研究科 修士課程2年 在籍
「アジア人財資金構想」高度専門留学生育成事業 国立大学法人 東北大学国立大学法人 東北大学
産学協同により地域創造型アジアIT人材育成・定着プログラム 第3期生

震災時の様子をお聞かせ下さい。

 今回の地震があったときは、東北大学青葉山キャンパスにある研究室で成果報告会に出席していました。先生の指示で机の下に隠れましたが、これまで大きな地震を体験したことがなかったのでとても怖かったです。揺れがおさまった後、一時避難先になっている研究棟下の駐車場に研究室の学生全員で非難しました。その後、アパートまで徒歩で帰りました。

 アパートに帰宅すると、部屋の中の荷物が地震のため散乱し困っていたところ、近所の日本人の方が避難所になっている近くの小学校を教えてくれたので、そこに向かいました。しかし、その避難所では400人くらい避難していたのですが、外国人が私1人だけだったことと、暖房があまりなく寒かったこともあり、翌日、友人達(インドネシアからの留学生)が避難している別の避難所に移りました。



  避難所を移動した後に「アジア人財資金構想」プロジェクトのスタッフが食料を持ってきてくれました。ここの避難所には3日間滞在し、その後アパートに戻りました。電気は復旧していましたが、ガスは4月中旬まで復旧しませんでした。食料はスーパーなどに並んで手に入れていましたが、数量などに制限があり多くは買えませんでした。

 ライフラインが復旧していないことと、食料確保への不安を感じた為、バスで山形まで移動し、飛行機で東京にあるインドネシア大使館に向かいました。その後母国へ2週間程一時帰国しました。


母国の家族の反応はいかがでしたか。

 母国の両親には、地震発生直後に電話で無事を連絡しました。父親は心配していたと思いますが言葉には出さずにいてくれましたが、母親はひどく心配していました。

 インドネシアには原子力発電所がないので、母国ではかなり大々的に報道されていました。原子力発電所の事故以降に放射能がアメリカまで飛散し、健康にも大きな影響が出ているとか、間もなくインドネシアまで放射能が届くなどの報道もあったそうです。

 これらのことを聞いて、私が日本でテレビやインターネット等で集めた、放射能の具体的な測定数値等インドネシアのニュースで報道されているほど深刻ではないことを両親に説明し、理解してもらいました。

 両親を安心させたいこともあり一時帰国しましたが、ある日、父親から「今、あなたがインドネシアに戻ってくることは間違いではないけれども、自分が正しいと思った事、困っている人の助けになる事をしたほうがいいのではないか」とアドバイスを受けて、被災地で困っている人達の役に立つ事と日本で就職活動や修士論文を頑張りたいという気持ちがありましたので仙台に戻ることを決意し戻りました。


帰国後から現在の生活はいかがですか。

 4月3日に再来日したのですが、大学がまだ始まっていなかったので、就職活動を中心に被災地のボランティアなどを中心に活動していました

 ライフラインは、電気・水道・通信は再来日時にすでに復旧していました。また、スーパーやコンビニエンスストアも通常通り営業していたので特に生活で困ることはありませんでした。ガスのみ4月中旬に復旧したのですが、それまでは、フィットネスセンター等でシャワーを浴びる事ができたのでさほど困りませんでした


どのようなボランティア活動をしましたか

 「インドネシア留学生協会」の活動として、メンバー達と一緒に石巻市鮎川(仙台から北に50km)の避難所で炊き出しに参加しました。避難所では、ナシゴレンを調理したり出来た料理を皆さんに配るお手伝いをしました。

 私が訪ねた避難所では被災された方に高齢者が多く、皆さんのこれからの生活を考えると悲しくなりました。そんな皆さんと話をしたり、配布した料理を喜んで食べてくれるのを見てとても嬉しくなりました。


今後の復興について思うことを教えて下さい。

 今回の地震では、被害から復旧の素早さに日本の凄さを感じました。高速道路が1週間、新幹線も1ヶ月程度、仙台駅周辺もすぐに復旧したことなど感心させられることがたくさんありました。また、私は大学でITを学んでいるので、新幹線の地震感知システム(地震を感知して自動的に列車を急停止するシステム)など災害に対する防災システム等が整備されていることと、それが今回の震災でも稼働し、ニ次災害を防いだ技術力に驚きました。

 私が日本に留学した理由の1つに、日本を支えるような企業に就職することがあります。日本での就職活動は留学生にとって大変なことですが、頑張って日本企業に就職したいと考えています。そして、就職した企業で日本の復興に力になれるように頑張っていきたいと考えています。

↑ページの先頭に戻る

spacer