張 展さん

出身地:中国遼寧省
出身大学:東北大学大学院 情報科学研究科 2010年3月卒業
「アジア人財資金構想」高度専門留学生育成事業 国立大学法人 東北大学国立大学法人 東北大学
産学協同により地域創造型アジアIT人材育成・定着プログラム 第2期生
勤務先:通信事業会社

震災時の様子をお聞かせ下さい。

 地震があったときは、就業中だったので会社にいました。会社は東京の臨海部に位置する高層ビルにあり、21階の事務所にいたので、地震の時はかなり長い間揺れていました。会社で防災訓練を行っていたので、訓練と同じように机の下に隠れて冷静に対応することができました。津波警報がでたため、臨海部にある建物のため屋外に避難することなく、事務所から外に出ることはありませんでした。




  私の仕事はインターネット回線の保守管理も行っているので、揺れが収まった後すぐに上長の指示のもと日本のネットワークに影響があるかどうか確認し、影響がある場合は直ちに復旧作業を行いました。

 震災当日は、ネットワークの復旧作業を徹夜で行ったため、会社から食糧や水が配布されました。翌日の朝7時に会社を出て、地下鉄と徒歩で帰宅しました。通常であれば1時間程度で帰宅できるのですが、その日は5時間ぐらいかかりました。

 東京は震災当日、鉄道の全線が運行を一時見合わせ、翌日まで運休する鉄道会社もあり、交通機能が一時的にマヒしていました。一部停電した地域もありましたが、都内は電気・ガス・水道などのライフラインは特に異常はなかったですが、震災直後は携帯電話が発信規制をかけていたため、つながりにくかったです。



母国の家族の反応はいかがでしたか。

 震災後にPCのメールは使用できたので、中国の友人に連絡し両親に伝えてもらいました。両親からは帰国するように言われなかったです。社会人として責任を持って自分で判断しなさいと言われました。

 帰国しなかった理由は、やはりインフラを保守する仕事をしているチームのスタッフも毎日24時間体制で対応し、自分もチームの一員として頑張りたいと思ったからです。

 私は、震災後に心配したのが食糧、交通機関、放射能情報等なので、毎日スマートフォンで1時間毎にチェックしていました。


今回の震災で日本に対して感じたことはありますか。

 来日して4年経つので特にありませんが、日常生活で電車待ちする際の整列乗車や買い物をするときにきちんと順番を守ることなど、日本人の特徴として「ルールを守る」ということが災害時にもなされていることに驚きました。


現在の生活や就業などの状況はどうですか。

 震災直後は、スーパーやコンビニエンスストアから水や保存食、スナック菓子等が無くなりましたが、1週間程度で流通経路が回復したため、さほど困りませんでした。

 また、電気については、電力不足で計画停電(電力不足を補うため、場所、時間を決めて計画的に停電を行うこと)を4月8日まで実施しており、私の自宅が計画停電実施地域だったため、電磁調理器で料理ができず困ることはありましたが、会社がある都心部は、計画停電がなかったのでさほど影響はなかったです。

 また、節電についても会社、個人でも取り組みました。震災直後、自宅でパソコン以外は極力電気を使用しないようにしていました。季節的に少し寒かったですが暖房も使用しないようにしていました。


今後の復興について思うことを教えて下さい。

 私は、日本のインフラを守る仕事をしています。震災後も余震が多かったため、チームを分けて24時間体制で2週間対応をしていました。自分の仕事を頑張ることで日本の復興の力になれると考えています。

 

↑ページの先頭に戻る

spacer